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特別寄稿コラム

天才にも凡人にもなれなかった僕~才能がないと感じた時

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※今回は特別寄稿のコラムになります。

10代の頃、自分は何か特別な存在で人とは違う才能があるのだと信じていました。

芸術的なセンスやアート人になるとか、とにかく凄い映画を撮るとか、もしくはこれまでにないビジネスモデルで社長になるとか、あとは科学者や教授になるとか…

高校生から20歳くらいまでの間、とにかく「自分は何かができる」と本当に信じていましたし、「いつかやってやるぞ」と常に思っていました。

天才にはなれないと気付く

中学校の時も高校生の時も、正直言って勉強はほとんどできませんでした。いわゆる赤点ってやつですね、でもなぜか自信だけはありました。

本当の自分はこんなものじゃない、本気でやればどうだってなるんだ、自分が持っている才能を開花させて成功してやるぞ、といった感じです。

この頃って、なんでそんな根拠もないこと思うんでしょうかね~。

でもやがて、自分は天才ではなく、才能なんてまったくない事に気付きます。

一時期はひたすら努力を続けることで天才になれると真剣に考えていた頃もありましたww やはりテレビドラマや映画の影響が強かったと思います(何でも自分の都合のいいように解釈していましたから)。

でも本当の天才や才能がある人って、「自分は天才かも」とか「才能があるのかも」とか考えたりしないんですよ。さらに好きなことをやり続けたりしていて、そのこと自体を努力だなんて考えてない人が多い。

要するに、本物は自分の事をそういう風に考えないってことです。考える時点で自分は違うってことに、ようやく気付きました。

20歳を過ぎると、社会の現実が押し寄せてきます。

実は凡人にもなれなかった

最終学歴が高卒のため、誰もが憧れるような有名な大企業には入れませんでした。もちろん当時は何にも分かっておらず、給料が高いところくらいしか考えてませんでしたが。

とくにやりたい事があったワケでもなく、やってみたい仕事があったわけでもない。なので当然やる気も低く、嫌々ながら会社に行く毎日でした。

そして職を転々とする日々が続きます。

あの会社は給料が低かったから――。あそこは嫌な人がいたから――。あの仕事は向いてないから――。とにかく言い訳して転職を繰り返していました。

本当はわかっていたんです。自分のやる気と努力次第でどうにでもなる、ってこと。でも、ダメでした。逃げていたんです、現実から。

人見知りな性格もあり、コミュニケーションをとるのも苦手。どちらかというと社会不適合者の道を歩んでいきます。

20代後半から30代前半になると、周囲の友人たちは次々と結婚していきます。

居酒屋で愚痴をこぼし、「やってらんねーよ」と上司の悪口を言い、嫌々ながらも仕事を続け、やがて彼女と結婚。。。

そして子供が生まれ、嫁と喧嘩しながらも結婚生活を続け、いつかはマイホームを…なんて、自分もそうやって『普通の生活』をしていくのだと思ってました。

しかし現実はそう甘くありません。

転職を繰り返し、借金や税金に追われる苦しい日々…希望もない、楽しみもない、実は人生は苦しむためにあるのだと、自分は毎日苦しむために生きているのだと、本当に考えるようになっていきます。

そしてうつ病なのではとネットで症状を調べたり、本気で自〇を考えたりした時もありました。このころは、もう全てが悪循環だった気がします。

そんな絶望な日々を過ごしていたある日、自〇するくらいなら思いっきりやってみたら?自分の好き放題にやってみたらいいんじゃない?と気持ちの変化が。

気付けば30代後半を通り越して40代に突入。天才にも凡人にもなれなかった僕が、もうどうにでもなれ!!!!!的な気持ちでやろうと決心します。

死ぬ気でやれば意外とできる

才能がないと感じた時、人にはどんな生き方があるのか――。

誰かから「アンタ才能ないよ」なんて言われたら、ショックだと思います。けれど人の生き方って無数にあって、覚悟を持てば意外とできちゃうこともあるんですよね。

よく『運がいい人』なんて言うけど、あれは常にアンテナはって日々の努力を惜しまず夢を追いかけている人が手に入れる必然なわけで、最近はそれが偶然だとは考えなくなりました。

理想を諦め覚悟を持って、死ぬ気でやれば何とかなる。今はそんな気持ちで生きてます、はい。

天才にもなれず、凡人にもなれなかった僕は、不謹慎ながら『どうにでもなる』という想いを胸に、今日も生きています。

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