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大原麗子と森進一の離婚理由は?子供中絶の真相

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天性の美女とも言われた女優の大原麗子さん。

 森進一さんとの離婚理由 は何でしょうか?
約4年間の結婚生活の中で子供を中絶していた過去も判明。

さらに 中絶した理由 にもビックリです。。

大原麗子と森進一の離婚理由

高倉健に憧れた少女は、国民的な大女優になった――。

NHKドラマ『チロルの挽歌』や大河ドラマ『春日局』などでも有名な、大原麗子さん。

実は、森進一さんとの離婚理由が『子供』だったことが判明!!

お二人が結婚したのは1980年(昭和55年)6月。

母子家庭で育った 森進一さんは、家庭を大事に したいと考えていました。しかし、女優魂があった 大原麗子さんは仕事が最優先 だった。

大原さんも母子家庭のなか貧しい環境で育ちましたが、働いて立派な家を建てることが夢だったそうです。

仕事が絶頂期にあった二人は、『仕事』と『家庭』の狭間でズレが生じてきます。

そしてある時、大原麗子さんは森進一さんの子供を妊娠しますが、 結果的に中絶 することになったのです。

大原麗子が子供を中絶した真相

 仕事を優先させて堕胎した――。 

大原さんは子供を産んで母親になるより、生涯女優の道を歩むことを決めたようです。森進一さんも、ショックだったでしょうね。

妊娠すると、長期間レギュラーを降りないといけない、仕事に専念できない、などが主な理由だったようです。

その後、大原麗子さんの弟である大原政光さんが 「離婚して他の女性と子供をつくってください」 と森進一さんに伝えたそうです。

というのも、森さんはずっと子供を欲しがっていたそうです。幼い頃の経験から、子供たちと過ごす幸せな家族に憧れていたのかもしれません。

結果、1年ほどたって二人は離婚することに…

周囲から見ると離婚理由『子供を産まなかったこと』にも思えますが、そこにはきっと、本人たちにしか分からない事があったんだと思います。

子供を産むか産まないか、最近は不妊治療などもありますが、デリケートな問題なので他人がとやかく言う事ではない気がします。

大原麗子は渡瀬恒彦とも結婚していた

大原麗子さんは、1973年(昭和48年)9月に俳優の渡瀬恒彦さんとも結婚しています。

東映やくざ映画で一躍スターとなった渡瀬恒彦さんは、その後もスターダムの階段を上り続け、数々の映画賞も受賞。

ちなみにお兄さんは渡哲也さん。元石原軍団だった方ですね。

石原軍団といえば東日本大震災の時も炊き出しを行ったり、被災地で様々な活動をしていた人たち。。ホント涙が出ます。。

っと少し話がそれましたが、この結婚生活の時も、大原さんは妊娠します。…が、子宮外妊娠だったこともあり、 残念ながら胎児が亡くなってしまうんです。 

結局は4年半後の1978年(昭和53年)2月13日、離婚してしますんですが、離婚理由については、はっきっりと明かされていません。

離婚後も渡瀬恒彦さんの事がずっと好きだったそうですし、浮気とかでもなさそうです。

もしかしたら今後、大原さんの親友である女優・浅丘ルリ子さんから、真相が明かされる日がくるかもしれません。

ちなみに共演は??と思ったら…2004年の「十津川警部シリーズ」『東北新幹線「はやて」殺人事件』で元夫の渡瀬恒彦さんと共演。

これが彼女の最後のテレビドラマ出演となります。

整形失敗やギランバレー症候群

芸能人といえば『整形』みたいなイメージがありますが、大原麗子さんの若い頃の写真とか見てもすっごく綺麗ですよね。

正直「整形なんてする必要ある?」って疑問に思うんですけど。

どうやら左目のまぶたとのこと。

一重まぶただったのを二重にしたそうです。しかしこれが大失敗。整形を世間に知られるのを恐れて『もぐり』の病院を選んだそうです。

もぐりって、いわゆる医師免許を持ってない闇医者みたいな感じ?よほど女優としてのイメージを守りたかったんだと思われます。

さらに晩年まで彼女を苦しめたのが、ギランバレー症候群。

なんじゃそりゃ?って調べたら、神経疾患のひとつで、手足や顔面などがしびれたりする症状があるらしく…感染症などをきっかけに発症するようです。

さらに躁鬱病まで発症し、薬も多用して晩年には衰弱しきっていたとのこと。

やっぱり病気って人の心も弱らせますよね。まずは健康であることが一番です。

大原麗子さんの感想とまとめ

死因は不整脈による脳内出血で、亡くなってから3日後の発見。

これが『孤独死』と報道される理由のようですが、元マネージャーの佐藤嘉余子さんによると「それは違う」とのことです。

亡くなる2年ほど前から、麗子さんは「カヨさん、私は死ぬときにはスーッと消えて、そのままいなくなりたい」って言うようになりました。

大原麗子さんに寄り添った元マネージャーが孤独死の真相告白

上記の文は過去のインタビューで答えていたものです。

つまり、自ら「孤高」を選んだのだ、と語っていました。。

8歳の時に父親の浮気が発覚し、両親が離婚。その後は母子家庭で育ってきた大原さん。当時の東京放映の社長からスカウトされ芸能界へデビューします。

女優としての気合いの入れようは凄かったみたいで、台本の台詞を勝手に替えてよく監督と口論になっていたんだとか。。

役者さんってよくアドリブとかで対応する人もいますけど、監督がダメって言うのに我を通そうとするって、並みの役者じゃないですね。

昔の「寅さん」とかにも出てるらしいので、一度見てみようかな。

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